【魅力がある人ない人】
今日も僕のゼミの先生について話そうと思う。
僕のゼミの先生は、元々某有名旅行会社で働いていた。
そこから大学院に進んで大学教授になる想いを諦めきれず、会社を辞めて、大学院へ。
そして、今は僕の大学で労働経済学を教えている。教え方は論理的で非常にわかりやすい。
会社時代に超体育会系の部署でしごかれた部分が今にもすごく活きているようだ。
そして、何より人格が優れていると僕は思う。人(生徒)のためなら自分の時間を割いてでも付き合ってくれるし、
何より、物事に対しての捉え方がすごい。どんなに相手が悪かったり、理不尽なことでも、そこに不平不満をいうのではなくて、自分に何か修正する点がないかを顧みる姿勢。
(これも会社時代に理不尽なお客さんへの対応などで、鍛えられたらしい。)
『どうすれば変わっていただろう、どうすればより良くなるだろう』
その姿勢と人への思いやりがありくだけた場所では、おちゃらける一面もある非常に魅力的な人だ。
なぜ、それが魅力的なのか?
恐らく、そこには【愛】があるからではないか。
この【愛】に関しては以前にも書いたと思うので、簡略するが、
結局相手の立場に立って考えられ、相手を尊重し、自分をも尊重している姿がシンプルにかっこいいんだろうなと。
若干48歳でほぼスキンヘッドの先生だが、容姿は中々ダンディでかっこいい。男から見てもかっこいいと思うほどだ。そこも魅力の一つではある。
結局、人の魅力ってやつは、外見から見ても内面から見ても、かっこいいな、すごいな、素敵だなと思えるかどうかだと思う。
逆に魅力がない人は、
外見から見ても、髪や服装が乱れていて清潔感がなかったり、人の気持ちを考えずに自己中心的に発言したり、
相手に自分の意見を押し付けたり、理不尽な事を言い出したり、素直に自分の非を認めなかったり、
外見に魅力があっても内面が悪かったら、魅力を感じない。
内面に魅力があっても、外見が不格好だったらやはり、どこか魅力がかけてしまうだろう。
両方とも悪いは論外。
ひとつ言っておきたいのは、外見とは天性的な容姿のことを言っているのではなく、髪型や、表情や、服装と言った後天的なものである。
だから、誰でも外見に魅力をつけることはできる。
僕のゼミの先生はこの外見と内面の両方に魅力がある。
だから、人として尊敬できるし、魅力を感じる。まだ新しいゼミなのに、今年で人気ゼミの仲間入りをするほどの募集があったのも、先生の魅力の部分が大きいだろう。
魅力があるところには人が集まる。
僕もそんな人間になりたい。